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第18回iPERCセミナーを開催しました

2025/01/21

 2024年7月29日、静岡大学光創起イノベーション研究拠点棟にて「Warren先生のJournal Club」が開催されました。Journal Clubでは、Biomedicalの専門家で浜松ホトニクス株式会社の米国法人に所属されているWarren先生のご指導をいただきながら、静岡大学と浜松医科大学の大学生・大学院生が英語の学術論文について発表し、工学・情報学・医学の融合領域における課題や可能性について議論を深めていきます。昨年に引き続き、今年もWarren先生は静岡大学浜松キャンパスに来訪され、会場とzoomでのハイブリッド開催となりました。

 今回の論文には、米国カリフォルニア大学アーバイン校ベックマン レーザー研究所のJuvinch R. Vicenteらが発表した「In vivo imaging with a fast large‐area multiphoton exoscope (FLAME) captures the melanin distribution heterogeneity in human skin, Sci Rep 2022, 12, 8106.」が選ばれました。顕微鏡「FLAME」を用いて、精度の高いメラニンイメージングを実証する論文でした。

 

緒言

 メラニンは、多機能性をもつ、皮膚の色素沈着の要因となる色素であり、一般的にユーメラニン (褐色-黒色) とフェオメラニン (黄色-赤色) の2種類に分類されます。これらは、主に皮膚の表皮の基底層に存在するメラノサイトと呼ばれる特殊な細胞によって生成され、メラノソームに蓄えられた後、ケラチノサイトに輸送され、紫外線による光損傷から皮膚を保護します。一方で、メラノサイトが悪性化することで、皮膚がんの一種であるメラノーマを引き起こします。このようにメラニンは、さまざまな生理学的および病理学的状態において重要な役割を果たします。皮膚のメラニン分布とメラニン関連の動的変化を精度高く測定することは、色素性皮膚疾患の理解を深め、悪性黒色腫と良性の色素性病変を区別し、より効率的に治療するために不可欠です。

 皮膚のメラニンの定量的な測定は、一般的に生体外 (ex vivo)*1分析により行われます。これらの測定は、侵襲性があるため、繰り返し行うのは実用的ではありません。

 電子常磁性共鳴 (EPR)*2は、常磁性体を検出する強力なイメージング技術であり、非侵襲的測定が可能なことから、メラノーママウスモデルにおける生体内メラニンマッピングを含むさまざまな研究が行われてきました。しかし、このアプローチによって得られる表皮の深さの情報と空間分解能には限界があります。

また、マルチスペクトル光音響イメージングは、パルスレーザー照射が引き起こすメラニンの急速な熱弾性膨張によって生成される超音波の検出により、表皮メラニンの非侵襲的な3Dマッピングを可能にします。このアプローチでは皮膚表面から1~2 mm下のメラニンと血管の画像が生成されますが、5~30 μmの空間解像度にとどまり、それでは表皮のメラニンをより深く解像するには不十分です。

 一方、二光子励起蛍光 (TPEF)*3レーザー走査顕微鏡技術は、ヒトの皮膚における表皮メラニンの生体内3Dサブミクロン解像度画像を生成できます。この画像化技術の浸透深度は、体のほとんどの部分の表皮の全厚を捉えるのに十分な深さである150~200 μmに達します。また、皮膚における他の蛍光体の蛍光減衰と比較してメラニンの蛍光減衰が速い (< 0.2 ns) ことを利用した二光子蛍光寿命イメージング (FLIM)*4を使用することで、皮膚におけるメラニン検出の特異性がさらに向上します。

そこで、著者らは、これらアプローチの臨床イメージングの実現可能性を高めるために、時間的ビニング*5と蛍光の時間的減衰勾配の解析に基づいて画像取得時間を大幅に短縮することを提案し、実証しました。

 具体的に、著者らは、臨床皮膚イメージング用に最適化された多光子イメージングシステムである高速大面積多光子外視鏡 (FLAME) を開発しました。このシステムは、皮膚の巨視的領域 (最大1 cm2) において、細胞以下の分解能 (0.5-1 μm) で3D画像を迅速に (数分以内に) 生成する能力を有します。メラニン特異的検出のための蛍光時間ゲーティング*6とビニングを組み合わせることで、このシステムはほぼリアルタイムでメラニンを定量化することができます。本研究では、FLAMEを用い、ヒト皮膚の表皮メラニンのイメージング面積を拡大し、その意義を示しています。

 

結果・考察

 FLAMEを用いた、5種のフィッツパトリック肌タイプ*7の被験者の、掌側および背側前腕のメラニン密度測定では、メラニン分布の不均一性が明確に示されました (図1A)。また、表皮メラニン含量のz分布を評価するために、各表皮層の平均メラニン密度を測定したところ、表皮上層に比べて、基底層に近い表皮層で高いメラニン密度が測定されました (図1B)。さらに皮膚タイプI-IVの被験者の掌側前腕では、表皮のメラニンz分布は、表皮の上部3分の1に色素沈着がないことがほとんどでした。図2に示すメラニン体積分率 (Melanin volume fraction, MVF) 値は、肌タイプとともに増加し、肌タイプIからVまで、全体として約7倍の変化を示しました。

   (A)                                                              (B)

Fig.1-a_18th_iPERC Fig.1-b_18th_iPERC

           図1 (A) 肌タイプ別の掌側および背側前腕のメラニン密度測定

             (B) 各表皮層の平均メラニン密度

 

 

Fig.2_18th_iPERC Fig.3-1_18th_iPERC Fig.3-2_18th_iPERC 

  図2 グローバルMVF値          図3巨視的な皮膚領域で測定されたMVFマップ

 

 また、図3に示されているように、mmスケールの巨視的な皮膚領域で測定されたMVFマップには、皮膚のひだ、毛包、毛穴が含まれ、これらは、より小さい、サブmmスケールのスキャン領域での測定に大きな影響を及ぼします。また、除外してしまうと、MVF値の平均値が高くなってしまいます。そのため、大面積サンプリングは、選択的な小面積サンプリングに比べ、より正確なMVF測定結果をもたらすことが明らかとなりました。

 さらに、大面積サンプリングにより、メラニン濃度・分布を測定するために必要な画像枚数が少なくなります。最大のFOV (Field of View) (1.6×1.6mm2) を用いた際、MVF値の10%~25%の変化を検出するために必要なサンプルサイズは、小さなFOV (0.25×0.25 mm2) を用いた際の4分の1~5分の1で済みます。より大きなFOVで撮像すれば、必要なサンプル数が少なくなり、撮像時間がさらに短縮される可能性があります。

  臨床研究において重要である測定値の再現性は問題なく確認されており、FLAMEは3次元表皮メラニン密度の一貫した測定画像を生成できる可能性が示されました。

 

結論

 本研究では、臨床皮膚イメージングに最適化された高速大面積多光子外視鏡FLAMEを用い、この装置によって可能となる大容量サンプリングがメラニン測定の信頼性に及ぼす意義を評価しました。その結果、さまざまな皮膚タイプにわたって、メラニン密度と分布測定の信頼性が著しく向上しました。また、同じ皮膚領域を異なる時間に撮像した場合でも、一貫した測定結果が得られる可能性を示しました。これらの進歩は、色素変調のモニタリングに関連する臨床および研究に重要であると期待されます。

 

 

主な質疑応答

質問: exoscopeの定義はなんでしょうか。

回答: はっきりとした定義はわからないですが、microscope (顕微鏡) のことだと思います。視野が広い、大きいというイメージがあります。

 

質問: 用いられた波長は何 nmでしょうか。

回答: 論文中では述べられていませんでしたが、赤外線が用いられており、780 nmだと

考えられます。紫外線は、我々の肌にとって有害な上、一測定につき50分もかか

ります。また、撮像深度も深くありません。これらのことからTPEFを用いたの

だと考えられます。

 

質問: 一回の測定時間が15分ですが、さらに速度を上げることは可能なのでしょうか。向上させるためには何が必要なのでしょうか。

回答: SNR (Signal to Noise Ratio) が重要だと考えられます。SNRを下げることで、測定のスピードを上げることができます。よくみられる手法の一つは、低解像度で大面積をスキャンし、その後、特定の領域に行って高解像度のサンプリングを行うというものです。2つのタイプのスキャナがあり、一方は非常に高速で、もう一方は低速であり、ハイブリッド技術を使用することは可能だと考えられます。

 

質問: 今回の論文で興味深い点はどこでしょうか。

回答: 医工学をはじめとして、物理学や生物学などさまざまな分野の学問が関与し、そ

れぞれの視点から課題を解決しようとしているところだと思います。

 

 

報告書執筆者の感想

 今回の論文の中心技術であるFLAMEは、工学と医療の融合によって、より革新的で将来性のある生体イメージングを実現しています。

 本技術の重要なポイントの一つである、より広範囲 (1×1 mm²) を高速でスキャンできる点は、レーザー光学技術と、それを制御するための電子工学やソフトウェア技術に大きく依存しているため、工学的には非常に興味深いです。また、非侵襲的でリアルタイムに生体組織を観察できる点や、生体組織の深部構造の観察が可能になる点は、早期の皮膚疾患発見や、患者の負担軽減につながるため、医学的に必要不可欠な要素です。

 今回、工学的・医学的発展の成果を直接反映しているFLAME技術を学ぶことで、医工学融合分野の価値を感じるとともに、さらなる発展に向けて議論することの意義を再確認できた時間だったのではないでしょうか。

 

 

発表者

・浜松医科大学  医学部医学科  6年 友近 祐奈 さん

・浜松医科大学  医学部医学科  5年 清水 彩加 さん

・静岡大学大学院 光医工学研究科 2年 赤井 亮太 さん

・静岡大学大学院 光医工学研究科 2年 竹尾 沙優里 さん

 

 

用語解説

*1: 生体外 (ex vivo) 分析

生体から取り出した細胞や組織に被験物質を投与し、反応を検出する分析。

 

*2: 電子常磁性共鳴 (Electron Paramagnetic Resonance: EPR)

試料にマイクロ波を照射して電子スピンの共鳴を観測する分光法の1つ [1]。電子スピン共鳴 (Electron Spin Resonance: ESR) とも呼ばれています。ESRは物質中に存在しているフリーラジカル (不対電子) を検出し、電子が存在している環境の情報を与えます。ESRスペクトルから不対電子の有無とその定量、不対電子の周りの原子の状態等が解析できます。また、同じく磁場によって核のスピンを検出するNMR (Nuclear Magnetic Resonance: 核磁気共鳴) よりも、原理的に700倍の感度を持っています。

 

*3: 二光子励起蛍光 (TPEF) 顕微鏡

近赤外の超短パルスレーザー光を使い、生体内部 (数百 μmの深部まで) の蛍光強度 (蛍光分子の濃度) 分布を三次元的に画像化する装置 [2]。表皮メラニンの定量化に効果的で、その深度も解析できることが実証されています。

 

*4: 二光子蛍光寿命イメージング (FLIM)

蛍光分子が光により励起されてから、蛍光を発してもとの状態に戻るまでの平均時間を検出されるまでの時間を計測しマッピングする方法 [3]。蛍光波長の強度による解析の欠点を補うイメージング手法として注目されています。

 

*5: ビニング

解像度をトレードオフにしてノイズを減らしながら、カメラのフレームレートとダイナミックレンジを向上させる手法。個々のピクセルのデータを読み取るのではなく、隣接するピクセルのデータを組み合わせて、スーパーピクセルとして一緒に読み取ります。

 

*6: 蛍光時間ゲーティング

パルス発振レーザーを用いて、蛍光を検出する時間を任意に調整して蛍光取得をするイメージング技術。

 

*7: フィッツパトリック肌タイプ

基礎顔色、メラニン量、紫外線に対する炎症反応、発がんリスクによって肌の色を表す6つの肌タイプからなる半定量的尺度。

 

参考資料

[1] ESR/EPR (電子スピン共鳴) 測定サービス (分析受託試験)

https://keycom.co.jp/js/sesr/mokuji.html

 

[2] 二光子励起蛍光顕微鏡の原理, 株式会社光響

https://optipedia.info/app/lsm/2pfm-principle/

 

[3] ミトコンドリア内膜の特性を蛍光寿命で解析する新技術を開発 ~細胞へのストレスにより膜の流動性が変化することを発見~, 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所

https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/research/2024/05/post-77.php 

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